プラズマ × 病気を理解すること 更新日:2026.1.6
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教える人
池原 譲
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所属
千葉大学 大学院医学研究院 腫瘍病理学
1.プラズマ研究との出会い
私は病理学(病気を理解すること)の研究者です。ここでは、プラズマ研究との出会いが、私の研究にどのような変化をもたらしたのかをご紹介します。
病気を理解するには、【病気の自然史】を読み解きます。実際、病理学で病気は、【病気がどこで始まり、姿をどのように変え、どのような場合に取り返しのつかない状態に至るのか】より説明されます。このため病理学者は、臓器や組織に起こる変化から、異常の顕在化してくる過程をとらえて、時間経過に従って整理し、背景にある事象(遺伝子やタンパク質の発現、糖鎖修飾など)や駆動原理を解明してゆきます。
私は、榊田創博士(産総研、現・名城大学)との出会い通じて、プラズマ研究に出会いました。そして、この出会いが私の病理学に、「荷電・帯電」という視点を加えることになりました1)。当時、私は肝炎の進行(線維化)を追いかけていました2)。プラズマ研究に出会った後には、線維化の進行には【荷電秩序の変容や破綻】が存在すると考えるようになりました。これまでの研究成果に、線維化の進展に伴い増加してくる糖鎖修飾異性体を検出するバイオマーカー(M2BPGi)の開発があります。プラズマ研究との出会いを通じて、線維化の進行に伴って「肝組織では荷電秩序の変容や破綻が進んでいる」との視点を持つようになっていたため、糖鎖修飾異性体の検出から線維化の進行度を知ることに意義を見出すことができたのです。
2.プラズマ × 病気を理解することの成果
「プラズマ × 病気を理解すること」の成果については、「プラズマ止血」と「組織解析に用いる走査型電子顕微鏡(SEM)観察基盤」を紹介します1)。
プラズマ止血3,4)
プラズマ止血は、破綻した血管を修復して止血するために、プラズマを供与する装置で行う処置のことです。プラズマ止血では、ヘリウムプラズマが血液に作用して「タンパク質の凝集・固化」を生じ、これらが血管の破綻部を被覆することで出血を停止させます。プラズマを供与する目的は、自然には起こらない荷電状態を作るためで、プラズマ供与によって血液中に溶解しているタンパク質が、相転移を起こして凝固物を形成します。
外科手術では、止血用加熱凝固切開装置が用いられます。加熱凝固切開装置の使用では、焼灼・熱傷の発生が不可避です。結果、外科手術の後には、癒着性イレウス、ケロイド、リンパ浮腫などの事象が出現する可能性が生じます。
プラズマ止血処置の開発は、外科手術での止血処置のリスクをもとに、榊田先生へ「プラズマを止血に用いましょう」と提案したことから始まります。プラズマ止血処置で、外科手術での止血処置(焼灼・熱傷)に起因する病状がおこらないのは、焼灼・熱傷の代わりに、「タンパク質の凝集・固化」を生じさせて血管破綻部を被覆する止血であるためです。榊田先生への提案は、外科手術の止血処置(焼灼・熱傷)のリンパ浮腫などへと進むリスクの予防・回避の実現をめざすものでした。この提案は現在も、「医療の常識を変えるプラズマ止血」の社会実装を進める開発研究として続いています。
組織解析に用いるSEM観察基盤1, 5, 6)
光学顕微鏡での病理診断に用いていたスライドガラスに作ったホルマリン固定パラフィン包埋検体(FFPE)の薄切切片をプラズマで処理して、SEMでウイルスの存在を観察できるようにして、次世代のウイルス病理診断を実現しています7)。スライドガラスに作ったFFPE薄切切片に用いたプラズマ処理技術は、長崎県工業技術センターで馬場恒明先生の確立されたプラズマイオン注入法で、ギアや金型の表面改質のためのこのプラズマ技術を最適化したものです。これまでに、私たちはアニリンプラズマイオンを使い、FFPE薄切切片はSEMと光学顕微鏡の両方で検索できるようにして、COVID-19感染で亡くなった患者の肺のFFPE薄切切片中で、SARS-Cov2を可視化しています7)。
組織解析に用いるSEM観察基盤のインパクトは、マルチモーダルで取得される別個の生命情報を連結できることにあります1, 5)。SEM観察基盤を実現する以前、スライドガラスに作ったFFPE薄切切片は光学顕微鏡で行う病理診断のためのものでした。プラズマ処理は、SEM観察のときに生じる帯電を抑制して二次電子信号の検出を可能にしており、このことによってスライドガラスに作ったFFPE薄切切片で行うウイルス感染の病理診断が実現しました5)。現在、私の研究室では、スライドガラスに作る1枚のFFPE薄切切片上で、光学顕微鏡での組織観察とSEMでの超微形態観察、原子間力顕微鏡で取得する物性情報、そして単一細胞レベルで取得する空間的遺伝子発現情報を取得できるようになっており、研究開発とウイルス感染を確定するための病理解剖診断に用いています。
3.プラズマ × 病気を理解することの目指す未来
「プラズマ × 病気を理解すること」の目指す未来として、認知症の克服をめざす研究をご紹介します。
認知症はその超早期に、自律神経・感覚器の異常や、糖尿病や全身性炎症などの変調が先行して存在します。認知症の超早期におこる事象の理解が、認知症克服への扉を拓くことにつながりますので、組織解析に用いるSEM観察基盤により、認知症の発症と進展に関わるウイルス感染の寄与を明らかにしたいと考えています。
ウイルス感染は認知症の発症や進展に関わるとの理解が広がりつつあります。ヘルペスウイルス(Varicella-zoster virus)はワクチン接種で、その感染や帯状疱疹の発症予防が可能とされていました。最近では、同ウイルスのワクチン接種で、認知症の発症も抑制されるとの報告8, 9)がなされています。SARS-Cov2ウイルス感染では、認知障害(いわゆるpost-COVID)がCOVID-19患者に生じる可能性が認識されるようになっています。このため、SARS-Cov2ウイルス感染後に発症する認知障害の病態解明と治療法確立に向けた大規模な研究投資が開始されました10)。ウイルス感染と認知症の発症や進展に関わることの理解は、ウイルスが神経組織にどのように感染し、持続感染を成立させているかを明らかにすることを意味します。我々の取り組むべき課題は、組織解析に用いるSEM観察基盤を使って、スライドガラスに作製した認知症患者の脳組織FFPE切片を観察し、認知症の顕在化過程にウイルス感染がどのように関わっているのかを明示することであると考えています。
これまで、認知症顕在化の分岐点が解らなかったのは、スライドガラスに作製したFFPE切片をSEMで観察してウイルスを可視化できなかったためと考えています。スライドガラスに作製したFFPE切片は専ら、光学顕微鏡観察に用いられており、このことは、千葉大学・病理学講座の初代教授・筒井秀次郎先生がタールを259匹のマウスに塗布して行った皮膚発癌実験(1916~1918年)で、がんの自然史(前がん病変から癌へと移行する)を明らかにされた頃と変っていません11)。スライドガラスに作製したFFPE切片は、プラズマ技術を取り入れた「組織解析に用いるSEM観察基盤」によって、マルチモーダルに取得される生命情報の連結の場となりました。実際、光学顕微鏡の解像限界の先に存在したウイルス粒子がSEM観察では可視化され、単一細胞レベルの遺伝子発現プロファイルから感染細胞と非感染細胞の応答を識別した【病気の理解】を進めてゆけるようになっています。そしてその先には、脳組織に凝集・沈着したタウやアミロイドに対して、プラズマを使用して【荷電秩序の変容・破綻への介入】の可能性も期待されます。
このように「プラズマ × 病気を理解すること」を通じて、認知症の「見えにくい変化」を測ることで「病気の自然史」を理解し、認知症を克服した未来の実現を目指しています。
以下には、「プラズマ × 病気を理解すること」の理解に役立ちそうな、日本語の総説や解説記事、原著論文を紹介させていただきました。お目通しいただけますと幸いです。
1. 池原譲, 池原早苗 (2025) 細胞・組織のナノイメージングを拓くプラズマ反応の利用, 月刊「細胞」8月号, ニューサイエンス社57(9)584-587.
2. 池原譲 (2010) 血液検査で肝炎の進行度がわかる: 疾患糖鎖マーカーによる診断治療の革新 産総研TODAY 10(3)10-10.
3. 宮本 健司, 池原 早苗, 榊田 創, 池原 譲 (2016) 低温プラズマ技術を取り入れた低侵襲な手術用止血装置 応用物理 85(9)793-796
4. 榊田 創, 池原 譲 (2025) 大気圧プラズマの医療展開,及び準大気圧プラズマによる成膜プロセス 表面技術76(1)34-40
5 . 池原早苗, 池原譲 (2024) 空間オミクス解析で電子顕微鏡解析を行うために, 臨床免疫・アレルギー科10月号, 科学評論社82(4)385-390
6. 秋元義弘, 池原譲 (2022) 走査電子顕微鏡. 実験医学別冊 論文図表を読む作法; 編集:牛島俊和,中山敬一, 羊土社, 59-63.
7. Iwamura, C., Hirahara, K.,et al. (2022) Elevated Myl9 reflects the Myl9-containing microthrombi in SARS-CoV-2-induced lung exudative vasculitis and predicts COVID-19 severity. Proc Natl Acad Sci U S A 119(33): e2203437119
(千葉大プレスリリース: https://www.chiba-u.ac.jp/about/files/pdf/newsrelease_20220802.pdf)
8. Polisky V, Littmann M, et al. (2025) Varicella-zoster virus reactivation and the risk of dementia. Nat Med 31(12):4172-4179
9. Eyting M, Xie M, et al. (2025) A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 641(8062):438-446
10. Michael Marshall (2025) Long-COVID research just got a big funding boost: will it find new treatments? The German government has committed half a billion euros to research into long COVID and other post-infection syndromes. Nature 08 December 2025
11. 筒井秀次郎 (大正7年) 「マウス」ニ於ケル人工的表皮癌ニ就テ 癌7月号12(2)111-120

