環境
-
氏名
官 文恵 (クアン ウェンフィ)
-
所属
明志科技大学(台湾) Department of Safety Health and Environmental Engineering 教授
振り返りを習慣にする研究者 ― 挑戦から生まれる知恵
台湾の環境工学分野を牽引する官さんは、「水処理」を軸に研究に取り組んでいます。大学院時代は、河川における汚染物質の輸送、変換、分布、および時間経過に伴う変化性に関するテーマを行っていました。しかし近年、気候変動対策の一環として資源循環やエネルギー化が注目され、環境浄化技術の重要性が急速に高まっています。特にこの10年間、台湾半導体産業の発展や資源不足といった社会背景の中で、官さんの研究は「廃棄物を資源やエネルギーとして循環利用する」方向へと展開しました。現在は、低温プラズマを用いて残留性有機汚染物質を分解する装置の開発を進めています。
専門分野
物理化学的水処理、廃棄物の再資源化、循環経済
略歴
台湾出身。2000年に台湾大学で博士(工学)を取得。その後台湾大学で助教(兼)を歴任し、2001年8月に明志科技大学助教に就任し、2013年に教授に就任。
趣味
水泳、ヨガ、登山、サイクリング
残留性有機汚染物質とは
残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants, POPs)は自然環境中では分解されにくく、生物の体内に蓄積しやすい性質を持つ化学物質です。長期間にわたり、環境汚染や人体への悪影響を引き起こす特徴を持っています。代表としては「永遠の化学物質」と呼ばれるPFAS(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の略)です。PFASは耐熱性、耐薬品性、疎水性などの性能を持ち、繊維、建築、半導体製造など様々な分野で広く使用されています。また、PFASの炭素(C)の数によって長鎖PFAS(炭素8個以上)と短鎖PFAS(炭素7個以下)に分けられますが、長鎖PFASは自然中で分解が極めて遅く、健康被害が懸念されます。そのため、短鎖PFASが代替品候補として使用が始まりました。ただし、短鎖PFASは長鎖PFASより、親水性が高く、水に溶解しやすいため、水からの分解・除去技術の確立が新たな課題となっています。
境界を越え、課題を見つける
「研究やプロジェクトで成果を出せる領域こそが、自分の専門分野になる」や「問題解決を原点にし、自分が持つ技術や知識を他分野に応用する」。これは、官さんが学生たちによく伝える言葉です。
官さんは台湾の行政機関で環境影響評価の審査委員を兼務しており、工場現場を訪れるとき、社会課題に直接触れる機会を得ています。現場を見ながら、「これは研究課題として面白いか」と常に考えています。こうした経験から、学際的な研究や産学連携が自然に生まれました。異なる分野の人々と意見交換して、さまざまな視点を通じてお互いに不足している部分を補強することで、新しい課題やニーズが次々と見えてきます。「これは学会では得られない経験です。だからどんなに遠くても、現場に必ず足を運びます」と官さんは言います。
名古屋大学との出会い
2024年、名古屋大学で開催されたISPlasma学会に参加した官さんは、同大学の低温プラズマ科学研究センターを訪問しました。当時、サバティカル研修の候補地として、低温プラズマ技術を用いた残留性有機汚染物質の除去装置の開発のため、同年下半期にはチームを率いて来日しました。休日に研究室へ行くと誰もいなかったことにと驚いたと言います。「日本の大学院生は平日にはラボにこもって研究活動や勉強、研究室の手伝いに集中していますが、休日になると、学生だけでなく先生の姿もほとんど見られず、少し寂しさを感じていました。一方、台湾の研究室では、平日に限らず、休日でも先生や学生が研究や実験、データ整理などに取り組んでおり、その活気ある光景との違いが新鮮でした」と笑顔で当時のことを語ります。
プレッシャーを受け止め、前へ進む
研究計画の提案が不採択になったり、大学試験に落ちる夢を見たりする経験は、多くの研究者に共通しています。「どんな有名な先生でも、感じるストレスは私と同じです」と官さんは笑顔で言います。プレッシャーを受け止め、失敗の経験を成長の糧にしてきました。気持ちを整えて前へ進むことで、次の挑戦に向かう強さが生まれました。その後、失敗を恐れず、学ぶ姿勢を持ち、ポジティブな思考を心がけています。
官さんにとって、リフレッシュ方法は運動です。「プレッシャーをためないように、定期的に体を動かすことが大切です。さらに、副産物として体重も減りますよ」と話してくれました。
子育てにも活きる学びー振り返りの習慣
官さんが大切にしていることは、「計画-実行-振り返り-改善」という流れを繰り返すことです。研究だけでなく、人生でも実践しています。その一つが、子育ての経験です。
官さんは2人のお子さんがいます。どちらも台湾トップの台湾大学理工系に在籍しています。その背景には、親としての工夫や努力がありました。特に下の息子さんは、小学生の頃に、授業に集中できず、先生に叱られることがあり、悩んでいたことを話してくれました。診断の結果、ADHD注意欠陥の特性があるので、官さんは、その特性を理解し、本を読んだり、医師に相談したりして、接し方を工夫しました。診断前は、他の親と同じように、ときに息子さんに責めたり褒めたりしていましたが、診断後、ADHD不注意の特性が分ってから、息子さんの自信とやる気を引き出すため、褒める接し方に変えました。間違っても絶対に責めず、励ますようになりました。さらに、集中力が続かない特性があるので、学習環境を整えることにも取り組みました。家では、毎日家族全員が同じ時間帯に読書部屋でそれぞれ好きな本を読む時間を設け、休日には気分転換としてカフェに出かけて、ゆったりと読書を楽しむ習慣を作りました。こうして家族全員で過ごす時間を大切にしながら、息子さんの成長を支えことができました。毎回自分の態度や接し方を見直し修正することで、息子さんの不注意の特性は少しずつ改善していくのです。そして、この経験を将来親になる学生たちによく話します。これは、子育てや教育の現場でも役に立ちますね。
研究の道へ進んでいる若者たちへの言葉
官さんの人生理念は、「人生も研究も同じ、ゴールにたどり着くまで、振り返って、少しずつ調整しながら目標に向かって進むこと」です。研究がうまくいかなかったら、研究者になりたかった初心に立ち返って、当初の情熱や意気込みを思い出します。
Motto
諦めなければ、昨日の自分を超える!

